
この利尻島では、いろいろあって、記憶が薄れている。
おんじにあったのは、店だった、さっき、ピラフを食べていたのに、なぜ、ラーメンを食べていたのかも忘れている。
土砂崩れ大雪崩のかもい自転車コンビに、二回もあったんだ。
そして、夜間登山というのがあり、利尻だげの朝日を見るというツアーに参加しようとしたらしい。かもいの8時間にばてていたのに
のぶれるんか、という目を、グッズが見ていたのを思い出す。
そして、次の日。念願の礼文桃岩荘にゆくはずだったのが・・・・・。なぜに、キャンセル。
待ち合わせていた、大学の友人に伝言を 頼むという・・・。

FMのことは、別項で書いていきます。お楽しみに

ツアー、残念写真。なんか、あのポーズは、おしどまりのポーズらしい、何連泊もしてるひとがいた。
だから、脱出、というのです、もうそこから抜け出すことができなくなるのです。もう常連、主、みたいになってしまうのです、ぼくは、絶対ならないように
心がけた。
そして、なぜ、桃岩を行かなかったのか、桃岩は1982 北海道の旅 で述べることにする。
寸前になって、行かなくなったわけは・・。思い出せない。
しかし、ここで歴史的な重要なことが起きる。ぼくがいかなかったせいで・・。それは後で述べる。


ぼくが、利尻を去るというので、グッズは見送りに来てくれた、記念写真を撮った。これは送ってもらった写真だ。
岡山の看護学生の彼女とは、北海道でもう会うことがなかった。しかし、ぼくは、わざわざ、岡山まで逢いに行った、
卒業まじか、長崎に一人旅にいき、帰りにふと思い立ち、岡山に電話して、途中下車した。
彼女も寮が卒業で、お別れ会があるのに時間を割いてくれた。
あれから、どうした、大雪にはのぼったの?とか、とりとめのない話をした。
かもいの8時間コースに参加していた、田中健ににた、男前。あの人元気かな?とか、言い出した。
僕は、沈黙し、アイスコーヒーを飲み、時間だからもう帰る、と、岡山の喫茶店で別れた。
なんか、北海道でいる時と、本土でいる時と、なんか、違う。なんだろうか、あの違和感。
せっかく会いに行っても、盛り上がりもない・・。
彼女は、きっと、立派なナースになって、故郷の津山に帰ったのだろう、結婚して子供ができて、いまは
もう、孫がいるだろうな。
前略、良子さん、お元気ですか? また、逢えたらいいですね。旅をしていますか?山に登ってるのですか?
幸せですか?
ぼくは、利尻島で、グッズの見送りと、利尻おしどまりのお見送りで、稚内に戻った。
旅はまだまだ、続く・・。2025/02/25 記す
