北海道の旅  13 利尻島 2

この利尻島では、いろいろあって、記憶が薄れている。

おんじにあったのは、店だった、さっき、ピラフを食べていたのに、なぜ、ラーメンを食べていたのかも忘れている。

土砂崩れ大雪崩のかもい自転車コンビに、二回もあったんだ。

そして、夜間登山というのがあり、利尻だげの朝日を見るというツアーに参加しようとしたらしい。かもいの8時間にばてていたのに

のぶれるんか、という目を、グッズが見ていたのを思い出す。

そして、次の日。念願の礼文桃岩荘にゆくはずだったのが・・・・・。なぜに、キャンセル。

待ち合わせていた、大学の友人に伝言を 頼むという・・・。

 

FMのことは、別項で書いていきます。お楽しみに

ツアー、残念写真。なんか、あのポーズは、おしどまりのポーズらしい、何連泊もしてるひとがいた。

だから、脱出、というのです、もうそこから抜け出すことができなくなるのです。もう常連、主、みたいになってしまうのです、ぼくは、絶対ならないように

心がけた。

そして、なぜ、桃岩を行かなかったのか、桃岩は1982 北海道の旅 で述べることにする。

寸前になって、行かなくなったわけは・・。思い出せない。

しかし、ここで歴史的な重要なことが起きる。ぼくがいかなかったせいで・・。それは後で述べる。

ぼくが、利尻を去るというので、グッズは見送りに来てくれた、記念写真を撮った。これは送ってもらった写真だ。

岡山の看護学生の彼女とは、北海道でもう会うことがなかった。しかし、ぼくは、わざわざ、岡山まで逢いに行った、

卒業まじか、長崎に一人旅にいき、帰りにふと思い立ち、岡山に電話して、途中下車した。

彼女も寮が卒業で、お別れ会があるのに時間を割いてくれた。

あれから、どうした、大雪にはのぼったの?とか、とりとめのない話をした。

かもいの8時間コースに参加していた、田中健ににた、男前。あの人元気かな?とか、言い出した。

僕は、沈黙し、アイスコーヒーを飲み、時間だからもう帰る、と、岡山の喫茶店で別れた。

なんか、北海道でいる時と、本土でいる時と、なんか、違う。なんだろうか、あの違和感。

せっかく会いに行っても、盛り上がりもない・・。

彼女は、きっと、立派なナースになって、故郷の津山に帰ったのだろう、結婚して子供ができて、いまは

もう、孫がいるだろうな。

前略、良子さん、お元気ですか? また、逢えたらいいですね。旅をしていますか?山に登ってるのですか?

幸せですか?

ぼくは、利尻島で、グッズの見送りと、利尻おしどまりのお見送りで、稚内に戻った。

旅はまだまだ、続く・・。2025/02/25 記す