北海道の旅 1983 07

1983年8月3日      旅は道連れ世は情け 風の吹くまま 気の向くまま

かもいから、トラックで岩内まで送ってやるよ、というのは、ヘルパーの小遣い稼ぎだった、バス代のほうが安かったかもしれない。ひとり700円を要求して5人が、警察にばれないようにトラックに荷台に隠れた。毛布で・・。ヘルパーにぼられたおかげで 旅の道ずれができたのだ

それが、はりしごと(伊藤さん)との出会いだった。おんじ(荻野君)小林君(慶雄ボーイ)そして、岡山の溝口涼子さん(ぐっず)だった・。

5人で岩内駅におりて、写真と撮影した。

 

全員一人旅であったが、5人になった。看護学生二人と 大学生二人。話がかわるが、岩内駅にはその数年前、SL96がいた、二つ目の有名な蒸気だ

(写真捜索中)岩内線は1985年に廃止された。この二年後であった。1980年(昭和55年)に国鉄再建法が成立すると第1次特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)7月1日に廃止、バス路線へ転換された。

 

上のTUBEは、石塚純一さんというかたがCDにして出されました。今、蘇る国鉄〜音の旅〜 Cd コロムビア創立100周年記念企画

中島みゆきの ホームにて という歌があるが、国鉄北海道支局の駅のアナウンスは、やさしいんですよ、なぜか、心に響くんであります。

ああ、やっとついたな、ああ、しんどかったな、ほっとするですよ、駅といえば、駅弁売りのおじさんの声や、背負子をせおったおばさんや、いろんな旅人がいて、今思えば、ホームというのは いい情景だったな、と思うのです、きっと、みゆきさんもこのアナウンスを聴いて、イメージを広げたと思うんです。

 

北一硝子で記念撮影。

 

ニッカでは、ただで酒が飲めるというので、顔がほころんでいる4人。

最後、駅前でみんな、お別れとなる。記念撮影。のはずだったが・・。小樽の駅前で4人で蕎麦屋に入る。

美国ユースホステルに、松山千春が来るという話をはりしごとがどこからか聞きだして、ぼくとはりしごとは二人で美国にいくことにした。

落陽が綺麗で、バスをみながら日本海を見ていた。そして、なぜか、美国ユースに着くが、最悪だった・。このユースも人気なんですが・・。

2025/02/21 記す  永遠続く