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N.S.Pの歌のサイトはあんまりないようだ、若い人も知らない人が多いだろうとおもう。

最近、よく聞く。

ウイキペディアから

NSPは、岩手県出身の3人組のフォーク・グループ。一関工業高等専門学校の同級生であった3人が在学中の1972年に結成した。

しかしながら、メンバーの天野滋さんは52歳の若さで亡くなり、中村 貴之さんも2021年に亡くなった。

残ったのは、ひげのベースのおじさんの 平賀さんだけ。悲しいよな、さみしいよな。

でも、平賀さんはそんな弱虫でないから、頑張っていろいろやられてる。

YSPというユニにっとをつくってる。ユリエスピーというらしい。ゆりえちゃんという、若い世代の女の子とNSPの歌をリカバリーしてる。

ゆりえちゃんがこれまたかわいい。

N.S.Pの歌で、ヒットしたのは、「夕暮れ時はさびしそう」です。

 

さみしい ではなく、さびしそう なのである。

『寂しい』は情景を指す言葉。
『淋しい』は情緒面を強調する言葉。

しかし、この歌はひらがななんです、平賀さん。

冒頭の中村さんのオカリナで心奪われるのです。

しかしだ、題名は さびしそう なんだが、歌は さみしそう と歌ってるんだよ、

題名を聞いたときに 強調させるためだとおもうんだが、さすがに音符に さびしそう は乗りがたい。

一関市内を流れる磐井川の河川敷のベンチで、恋人と待ち合わせをしていた際の心象風景をつづっている。天野さんの作詩です。

この堤防にベンチができて、NSPファンの聖地になっている、僕も行きたい。ああ、行きたい。

この歌で、NSPはなんとかメジャーになれた。この歌の前に三作があり、それらの売り上げは芳しくなかった。

天野さんが、この歌を二人に説得をして 出すことになった。

NSPのメンバーは、一関工業専門学校というところの学生であった。頭はいいのです、実はぼくは神戸高専に落ちました。鉱泉は5年いくのです、

高校と短大を合体させたようなところで、就職はよかった。

NSPの三人は、この学生の時にレコードを出して、プロかアマカわからないようなときであった。

しかし、一応、就職試験を受けるのだ、彼らは、しかし、見事に三人とも、就職試験を落ちてしまいます。

 

しかたなくか、やりことがないから、なのか、ミュージシャンになるのだ。彼らは・・。

このあたりもオフコースとよく似てる、

NSPは演奏もうまく、コーラスも独特で声質が似ており、すばらしい。

日本人が忘れたなにかを、わかいときにあったなにかを 思い出させてくれるんだ。

 

NSPの歌のことをまたかきます。

# NSP