神戸に地震がくるなんて、想像もしなかった。というか、無知でもあったわけです。
御影中学の恩師、内海寛子先生はずっと、地震がくることや、断層のことを言っておられた。
なにしろ、六甲山が1000メートルで来たのが造山活動の影響であり、神戸港がいい港といわれるのは深さがあるのだが
大阪湾も沈下し続けている。六甲山の上に貝殻の化石がでるのだから、驚きの事実だ。
六甲山はほぼ1000メートル。約100万年前は低い丘で、海が少なくとも半ばまでおおわれていました。東西方向の強い圧力が加わることで隆起し、現在の山地となりました。この変動を「六甲変動」といいます。100万年かけて1000メートル隆起したのです。
大阪湾の下にたまったある泥層が 阪神間の地下から西宮の北山でも発見されたのです。大阪湾では500メートル下で山は海抜250メートルまで続くのです。六甲変動とよばれ、断層で区切られた地層と山は隆起しているのです。
丸山断層というのが長田の北の方にあります。天然記念物に指定されています。昭和7年、上治寅治郎博士によって発見されます。
当時、六甲山の成り立ちついては賛否両論あり、造山活動については否定的でした。
この断層の特徴は、発見当時より、約1500万年前にできた地層の上にそれよりもずっと古い中生代初期の約1億9000万年前にできたと推測される花崗岩が突上げて、逆転し重なっている点である。これは大阪湾の陥没に伴ったと考えられる大きな地殻変動の結果、六甲の基盤をなす花崗岩が周囲の神戸層群を押しのけ、せりあがってきたためと考えられている。
この断層が国の天然記念物に指定されたのは、昭和初期当時近畿では存在しないと考えられていた逆断層であり、しかも断層面が低角度の衝上断層と呼ばれるものであったことが重視されたからだと言われている。
この衝上断層の発見は、六甲山成因論に大きな影響を与えた。これまでは六甲山の成り立ちは、地塁説(六甲山地塁説)で説明されてきており定説となっていた。これは、六甲山の高い中央部を除いた南北の両側が、陥没して低くなり、北側に落ちて谷状の凹地になったのが、現在の箕谷から花山、大池、有馬、さらに生瀬、宝塚にいたる低地帯であり、南側に落ちてできたのが現在の神戸の市街地であり、ずり落ちずに残った高地が現在の六甲山であるという考えである。
ところが、丸山衝上断層の発見により、地塁説とは全く逆の、地殻にかかる側方からの圧力により、基盤が上向きに隆起し六甲山を形成したのではという正反対の発想がなされ始めたのだが、これはまさに天動説に対する地動説のように天と地がひっくり返るような発想の逆転であったため、旧説を唱える人たちの感情的反発により、容易には認められなかった。衝上断層の発見後、約20年過ぎて開かれた日本地理学会で行われた野外巡検の際にすら、夜を徹するような議論が巻き起こったと伝えられる。ウイキペディア参照.
話変わり 当時、ゴルフによくいっていた僕は、思い出すのは、川西の北の奥の能勢というところに看板があり、
群発地震に注意してください、と、あったのだ。
1994年11月9日から17日にかけて、猪名川町周辺で71回の地震が観測された。付近の住民は注意していたそうだ・。
神戸からかなりの距離である。
有馬温泉では お湯が熱くなり、大量に出ていたそうだ。有馬温泉は400年サイクルで大地震に襲われ、今回の前は秀吉の時代だった・。
筑波大学の研究グループは、有馬温泉水の分析から、地下深部で発生した洪水が兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)の引き金となった可能性が高いことを論文であげられ、注目を浴びた。断層と地下の水の関係は、なんでも論議されているが、有馬には有馬高槻構造線という、断層のグループがあります。
お湯がたくさんでた。という話を聴いたことがあります。それと、六甲トンネルという路がありますが、震災後に大量の水が浮き出しているのを何度もみました。
地震の発生時には、不思議な光りをみた。そういう人はたくさんいました。ぼくも、真っ暗なはずが、空が光っているのを見ました。
岩石がかなりの圧力を加えられると、光りを出すという話を聞いたことがあります。地震の際に発生する光は、地震発光現象やアークと呼ばれる現象です
地震発生時に地面が引っ張られることで、応力によって生じる電流が地表に解放されることで発生する現象です。送電線のスパークも見ました。
あの地震を予知できていれば、それだけの人の命が助かったか、東北のときもそうである、地震学者が予知していたのだが公にならなかった。
そう、パニックになるからだ。もし、外れたらどう責任をとる。確信はあるのか、悩むのは当然だ。
阪神大震災の前の日。大阪で奇しくも世界地震学会が開かれていたという。なんともはや、バカげた話であると思う。しかし、それほど地震予知は難しのだ
https://www.city.nagano.nagano.jp/museum/pdf/dayori/94.pdf
上のサイトは、発光現象と、松代に地下水が噴出し、その水には、大量の塩素があったという。
世界初の発光現象を撮影したとあります。
阪神大震災以降、地震の研究は飛躍的に進みました。なにしろ、パソコンの進歩、GPSの導入。海底の調査、断層の研究など
続く 2025/01/14