幼馴染のタチューの家は、長屋をリホームして、住んでいたが、全壊になったらしい。家族で御影小学校に避難、タチューは安置所の管理者になってしまい。
たいへんだったとか、43沿いの家は、帰るたびに物がなくなったそうだ。電話が無くなり、照明が無くなり、冷蔵庫が無くなり
盗難だった。
被災地全域で窃盗が続発した。
「比較的、治安はよかった、助け合っている」というのは、全くのデマであった。恐らく、情報操作したのかもしれない。
なにしろ、全国の泥棒が神戸を目指したという。芦屋の2号線沿いを震災三日目にあるいていると、宝石店が荒らされていた。
玄関が壊れている。入るのは簡単だった。被災地のガスト神戸夢野店では、硝子が何度の割られ、売店商品などが奪われた。
善と悪。人の心に住み、その判断。
善悪是非とは、人が物事を判断する際の基準であり、それは道徳や倫理、文化、個人の経験、社会的な背景など、多くの要因によって形成されます。 このテーマにおいて心理学は、私たちがどのようにして「善悪」や「是非」を認識し、判断するのか、その過程を解明しようとします。 1. 善悪是非の基準はどこから来るのか 人間の善悪是非の基準は、生まれつきのものではなく、環境の影響を大きく受けます。しかし、持って生まれた悪も必ずや存在する。
住吉川でやきいも3000円で売っていた男。
一方、JR神戸駅の近くの、サンデーサンのお店は、残った食材をすべてさしだし、無料で営業したという。
この善悪是非。こういう非常時に、助け合う、寄り添う、ともに悲しむ。励ます。そういう是非ができない人間。
こういう人がこまってるときに泥棒してやろうという、是非。そういう潜在的な悪の人間はあなたのまわりにいます。
みんながしだしたのが、自営団の結成です。年末の夜警団を組めるような地域は、みんなで、不審者を寄り付けなくさせました。
警察も被災している、警察官も被災している。しかしながら。かれらは、家に帰らず、ひたすらひたすら、道路の信号が消えたので
手旗で信号をし、交通整理、これらが総動員でもおいつかない。そこにきて、全国の泥棒の襲来。
全国の警察が応援にかけつけた。夜中に、颯爽と、6台の神奈川県警のパトカーが2号線を走ってるのを見て、たのもしく、有難かった。
姉の友人の旦那さんが、水上警察の警官で、何週間も家に帰れない、下着すらもかえれない。ひたすら交通整理。
あげくのはてに、古いマンションのアスベストを吸ってしまい。数年のちに亡くなられた。これも殉職である。
警官たちは、食うや食わずであったという。ひたすら戦いが続いていた。兵庫署では建物が被災し、当直の警官が数人、圧死された。
当たり前の空気のような、治安。警察官は当然のように治安維持を保。
ぼくの先輩が、大手のパン屋であった、工場は被災にあい、しかも渋滞の連鎖で原材料もない。
何とか、警察にもパンをわけてほしい、県警が懇願したという。
しかし、無理です。原材料がない。
どこにあるのか?
奈良にあります。
自衛隊のヘリで運ぶので作ってください。
そういう経緯があったと聞いた。パンは、非常時には大いに助かるのである。山崎製パンさんは非常時には何千個何万個とそれから
東北の時も能登の時も供給したと聞く。有難い存在である。善悪是非の、善なる会社である。
消防士たちの激闘。彼らはもっと悲惨な戦いを繰り広げられた。手記が何冊か出ています。
なにしろ、水がないのである。多発的に火災などが発生すると、限界を超えてしまう。
「早く消せよ!」市民たちから罵声をあびるのだが、もう、水はでないのである。
そして、車が大渋滞をし、ホースに上を何台も何台も通過し、破ってしまうのである。
彼らはPTSDになったとおもう。
ぼくが震災当日に見たのろしのような煙のひとつが、御影石町3丁目のとんでもない大きな火災になった。
ここでは、お寺さん付近から延焼が始まったそうだ、石屋川と阪神電車の高架は崩壊し、電車も倒れてきている、すさまじい光景である。
ここでは、最終的に住民がバケツリレーで火事の延焼を止めたのである。しかし、被災して延焼中に何人も建物のしたに生存していたが
救いだせずに、亡くなられるという長田などで見られた心傷む事象が起きたという。住民たちは、まずは、消火器などを持ち降り、こんどは小学校のプールの水を救い、もしくは、石屋川におりて、小さなバケツやごみ箱で水を救い、上にロープであげ、バケツリレーをしたという。
この石屋川の話が後に、神戸市にも伝わり、川に降りれる階段ができた。降りるのもたいへんだったのだ。
消防のひともきたのかどうか、わからないが、なんとか、火事を消したのである。
後に、この話を聴いたとき、ぼくもなんで消火活動に参加しなかったのか、後悔した。店で消火器を積み込み。被災地にいけばよかったとか
いろいろ、反省したのを思い出す。
この住民のパワー、絆。そういうものが本当に大事であると思った。
被災地に泥棒にいくやつ。命がけでごみ箱に水をくんで、消火活動するひと。
この善悪是非。

出典 時事通信社さま https://www.jiji.com/jc/d4?p=heq117-957908&d=d4_oo
この写真をみると、消防車がきており、御影小学校のプールの水を汲んで、バケツは小学校のものだろうか
もしかしたら、ぼくが6年生の時に持たされたバケツかもしれない。写真だけでも20人は参加している。
驚くべきチームワークである。
話によると、神戸のほかの地域でもバケツリレーで火災の延焼を食い止めた地域があった。
こういう災害時には、同時多発で火災が起きる。消防署では対応無理。住民の自主的な消火活動が一番である。
長田の真野地区では、銭湯の残り湯を住民たちが並び消火したという。
誰が率先し、みんなを率いたのか、
2025/0113 記す